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「弧天」第一回:「例えば、皮膚」① 2009.6.11 19:30

ずっと楽しみにしていたコマツ企画の川島潤哉さんの一人企画。「人展」と銘打ちさまざまなジャンルの人に一人15分、持ち時間を与えて、っていう企画を何度かやっていたそうですが、私は観たことありませんでした。別のイベントで一人芝居を見かけただけ。でもものすごくおもしろかったので、それまで観たどの一人芝居よりもおもしろかったので、何がそう思わせたのかを確かめたくて。

テレビ司会者、番組ゲストの牛乳パックはがきアーティスト、4人で言い争う男たち、恋していると見せかけて宗教勧誘する男、同窓会に現れた先生、ミュージシャン、選挙を愛する男、戦時中のお笑い芸人、などなど、さまざまなキャラクターが現れます。言葉が途切れることなく続き、ひたすら人物が描かれます。

が、そのうち人物の内面が洗い出され、その端々がつながり重なっていくと。

なんだこれ、と思うようなもてあそばれた時間でした。構成が本当にすごい。あれよあれよというまにすらーっと網が解かれていくような感覚。

80分を使いきる、それだけの力のある作品でした。びっくりです。

正直なめてました。どこまでもゆるくキャラクターでみせる小品を並べるだけかと思ってたので。ただくだらなさに笑うだけだと思ってたので。

川島さんのブログを読んでいても思いますが、目の付け所というか突っ込みどころがすごく気持ちいいんです。ばっさり切り捨てるくせに変なところにうじうじこだわってるんです。そういうよさが存分に見られた気がしました。すかっと突っ込むためにそんなキャラを演じてるようなうっとうしい感じが、ちゃんと計算されていておもしろい。

私なんかは普通の観客ですが、同じ俳優をやっている方がこれを観たらどう思うんだろうか、とすごく気になりました。悔しいのかおもしろがるだけなのか、こういう変わった作品を見せられたらどういう風に刺激されるんだろ。

ちょっと離れますが、普段舞台作品はそのまま映像にしてもおもしろくないな、って思ってるんですが、一人芝居はその例外になるな、とふと思いました。しかもこれだけ言葉を積み重ねていくならば。場を楽しむのは確かだけど、会話してそれぞれの表情や感情を楽しむものではないわけだから、ズームする部分は限られてる。しかも客いじりするわけじゃなくひたすら一人で完結している。ならばうまいこと編集すればすごくおもしろい映像にもなりえるんじゃないかと。これは特に、対面座席で見えない部分っていう不満も解消してくれるかもしれないし。

照明による場面の切り替え方もすごくおもしろかったです。暗転する時としない時。それが後半に進めば進むほど意味を持っていって。

また観ます。どうなっていくか、気になるので。

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