「弧天」第一回:「例えば、皮膚」② 2009.6.12 19:30
初日に続いて2回目。対面舞台で、しかも座った席によってだいぶ見え方が違うことがわかったので、これは絶対反対側でも観ねば、と。それは言い訳に過ぎず単にもう一回観たかっただけですが。
比較的観にくいと思われる側へ。まぁ、ほんといらっとする。顔が見えないのは百歩譲って我慢するとしても、川島さんの意図としてすべての人に同じ観かたを強いる、ってのがあるのに、こうまで見え方が違うっていうストレス。絶対あっち側のほうがおもしろいよ。ってむやみにスネる。
いや、まぁそんな不満をおいておいてもすごくおもしろい。細かいパーツがかなりツボです。言葉やネタのいじり方がうますぎてイヤらしい。ぜひ脚本読んで笑いたい。
今日はなんだか後半に行くにしたがって哲学的というか生きる道みたいな変な悟りを感じました。最後の一言に至る雰囲気、なんかこういう朗読聞いたことある、って思ったんだけど、そこで思い出したのは芥川龍之介「羅生門」でした。下人の行方は誰も知らない。。。って初めて読んだ時のうすら寒い怖さ。
そういうちょっと不思議な余韻にかなり浸りました。
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