« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

パーシモン・パレット・プログラム2011演劇コース発表会「201107301430→」 2011/7/30 14:30

中学生・高校生対象のWSの発表会。目黒区の主催で2006年から続いているそうです。過去には柴幸男さんや明神慈さんらが講師で。今年は多田淳之介さん。ということで観に行きました。

4日間、一日4時間のWSのあとの発表。デスロックメソッドを刷り込んだというだけあって、おもしろい。

参加者は中2から高3までの23名、わりとリピーターが多い様子。

目をつぶって周りを探りながら自分の主張を訴えながら出てくる演者。次々と言葉を紡ぎ。相手に触れない状態から、曲が始まるとタッチ。そして全員が広がった後、お互いの名前をいろいろな言い方で繰り返しながらさまざまな動き。ひたすら動く。倒れる。声を重ねる。日常生活のマイム。さらに動く。って本当にデスロック盛りだくさん。

観たことない感じとして面白かったのは声の重なり。いろいろな高さで合唱のように「あー」が重なるだけですごい音響。重なる声が男子女子・声変わり前後でいろいろあるもんだからすごく美しかったり不協和音だったり。不安になったり幸せ絶頂だったり、これだけでしばらく楽しめる、と思いました。

全く見も知らない中高生がやってもおもしろいんだな、これ。むしろそれだからこそのオモシロさをしっかり引き出している多田さんの対象者へのlove。

私には、未来について悩みまくっている現在から、生まれてからこれまでの幼いころの自分を振り返り、さらに未来の自分のさまざまな人たちとの関わり、そこからまた過去に戻ったり現在の悩みを考えたり、っていう時間を行ったりきたりする姿に見えました。

10代だから感じる、大人への疑問や不満を思いっきりぶつけ、不安を訴えながらも日々のちょっとした楽しみをきっちりモノにしている、そんな姿がまぶしい。

でも大人なはずの自分もなぜかその場所に混ざっている気分にもなる。観る側でもあるし演じる側でもある、参加者とは思いは共有はしないけど、どちらにも自分が存在するって言う感覚は共有していると思う。

本番終了後に参加者が客席にやってきて自分の関係者と交流する様は、小劇場の終了後のご挨拶とは大きく異なり、のびのび自由でうらやましいくらいでした。親との面会とか、彼氏のダメだしとか。

もっともっと観ていたかったな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

五反田団「五反田怪団2011」 2011/7/29 19:00

毎年恒例の五反田怪団です。タイミングが合わない年もあるけど、お正月の新年工場見学会と並んでなるべく行きたい年中行事です。

アトリエヘリコプター、薄暗い中での涼しくなるお話。

俳優さんそれぞれの持ちネタ披露形式の前半。休憩を挟んで、全員で旅行した際の怖い話を再現する後半。

首謀者・前田司郎さん一流ののらりくらりとした緩い感じでの怪談。どこか締め切らない、オチ切らない、中途半端に投げ出す感がいい。怖い話なんだか、くだらない話なんだか、だんだんわからなくなってくる。

今日は出演者の坊薗初菜さんの誕生日だったらしく、本番中にサプライズお祝い。それが本当にサプライズのお祝いなのか、リアルなのか劇中の出来事なのかもよくわからないほど俳優さんの動きは自然で楽しげ。

暗いせいでどうしても途中私はオチる瞬間があるんだけど、今回はわりとしっかり聞けたな。けど真ん中の花道を使うことが少なかったのはちょっと物足りなかったです。出演者が着席したまま動きが少なかった。

後半の芝居仕立ての部分の方が私は好みです。やはり一人語りだと、落語みたいな流暢な流れやオチを期待しちゃう。そうじゃないのはわかっているんだけど、少し飽きちゃう部分があるんです。芝居仕立てになると、話し手のチェンジだけでひやっとしたり、刺激が多くてわくわくしました。

女優さんたちの浴衣姿はやはり眼福。

毎年続けて欲しい作品です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

犬と串「愛・王子博」 2011/7/29 14:30

早稲田劇研の犬と串が初・学外だそう。元気だからな、この人たち。楽しそう。

本公演はまだ一度しか観たことないです。企画ものばかり。だからしっかり観てみたい。

生まれたときから外の世界となじめないまりあ(鈴木アメリ)。小学校で転校してきた亀頭三兄弟・大毅(満間昂平)、興毅(佐原裕貴)、和毅(守屋雄介)と知り合うが同級生の大毅には意地悪されるばかり。身寄りのないまりあは幸せになるためにダッシュ村へと送られる。残った亀頭大毅は内藤くんに勝負を挑まれて負け、一家離散の羽目になりやはりダッシュ村へ。。。

とストーリーは書くのもバカバカしいはちゃめちゃ。出てくるキャラ出てくるキャラ強烈で。下ネタもたっぷり。

下ネタやりたいだけかいって突っ込みたくなるような安易な流れもあるけど、完璧にやりきるから気持ちいい。パンツ脱ぎたかっただけじゃん、みたいな場面もすごくバカだな、って思うけどかわいいんです。

どの場面、どの行動をとってもかわいらしすぎる。リアルに生々しくても、体当たりが力強くても、どこかキュート。どんなに汗を流して汚くてもメルヘン部分がある。だから苦笑。

パンツを脱ぎまくる大毅を演じる満間昂平さんなんてごつごつして赤髪で、低くすごんで見せたりして、どこもかわいい要素なんかないのに全体通すとなんかお茶目に見えちゃう。不思議なみせ方しますね、この演出。

挨拶したがりの男の子・女の子の藤尾姦太郎さん、石澤希代子さん、表情とか子供が見たら泣きそうなほどひどいんだけど、かわいくて引き込まれる。他にもたくさんの役を演じてたお二人、どれをとっても魅力的でよかったです。

エンディング。まぁ、ここまでやっていいのか、外で初めてやるのに、ってところですけど、それもキュートに見せきっているんです。愛です。誰からの誰に対する愛かわかんないけど愛いっぱい。感動してうれしくなっちゃった。いろいろと凝視。

一列目に座ったため、目線がかなり危うくなっちゃいましたけど。でも凝視。

醜くても汚らしくても、いろんなものが飛んできても、元気がいっぱいで愛がいっぱいで、愛くるしい。エネルギーを分けてもらって幸せです。爽快感たっぷりhappy01

せっかく楽しい気分だったのだけれど、いまどきの観客なのか、学生っぽい女の子が芝居中にしゃべってるのが気になりました。別々に複数。「わ、キレた!」とか「今、なんて言った?」とか、普通に台詞繰り返したりとか。おばちゃんにありがちな反応かと思ってたけど、近頃の客席に多い気がする。おうちでテレビ観てるのと違うぞ、と言いたくなりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鵺的「昆虫系(改訂版)」2011/7/28 20:00

鵺的は2度目の観劇です。ちょっと暗めのハードボイルドな雰囲気がどうなのか。本井博之さんや大柿友哉さんが楽しみ。

実際にあった埼玉県の保険金殺人事件をモチーフに。2004年初演作品の再演だそうで。

舞台はうらぶれたスナック。貸金を営む社長に雇われた債務者たちとホステスたちと。無茶な取立てが続いた後に起こった悲劇。

鵺的の高木登さんの脚本にtsumazuki no ishi の寺十吾さんの演出。舞台装置はかなり本格的で、照明などの雰囲気も場末感がいい。

俳優さんたちの演技もこの演出に対して最大限に応えている感じで、全くブレなく底辺な感じを醸し出しているのがさすがと思いました。なんせ空気感がすごい。緊張・弛緩のバランスとか。

が、観終えてなんとも言えない感じです。好みの問題なのかしら、観ているのが辛かったです。場面場面はすごくいいんです。飽きないしストーリーもわかりやすいし。迷うことなくついていける。けど、どんなにいい演技しててもこの俳優さん好き、って思えなかったり、なんかよくわからないしんどさを感じる。

俳優さんが役どおりの嫌な人に見えるって言うのはある意味上手に見せてるってことなんでしょうけどね。うまさと別次元ってことはやっぱり好悪なのかなぁ。そうでもない気もするんだけど。

ストーリーとしてのハッピーエンドとかではなく、エネルギーを与えられるか吸い取られるかでいうと、この作品は吸い取られた気がします。だからしんどい。そういう意図で作られていてそういうつもりで観に行くなら、かなりおもしろいんだと思います。

私の今のコンディションとしてはあまりそぐわなかったかも。吸い取られたくない。

目当てだった本井さんは、顔色も悪く目だけはギラギラして、すごく鬼気迫る感じがよかったです。その妻役の安元遊香さんの肉感的な雰囲気とそれに見合っただらしない感じがぞくぞくしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京デスロック「再/生」横浜・タダフラver.② 2011/7/24 18:30

最後に追加公演出ました!タダフラバージョン。どうにかしてもう一度観たくて、追加を待ちに待ちました。

流れがわかっているだけにどれだけ楽しめるのか、それを楽しみに。

おそらくデスロックバージョンと比較すると、妄想の余地は限られます。ある程度のストーリーもあるし。3回繰り返すことでの効果も、それほど広がるわけではなかった。

それなのに、なんなのかすごい興奮。エネルギーをもらう、元気になる。

スタートがとっても嫌な気分になるせいなのかな。やっぱり先がない、死に行く若者という悲壮感は拭えず、いや、いや、やめて、もうそれ以上行かないで、行っちゃダメっていうテンションから始まります。

2回目、3回目と進むといろいろシチュエーションは楽しめました。けどそういう細かい妄想じゃなくて、俳優の身体が疲れれば疲れるほど、言葉が投げ出されれば投げ出されるほど、すごく伝わってくるものが多いんです。

息が切れて言葉を言えなかったり、相手を抱き上げられなかったり、そういう人間らしさが、演技なのかもしれないけど、この作品の魅力だと思いました。

疲れるからこそ生きることに向かっていくっていう姿、くったくたにぼろぼろになるから、観ているほうは興奮する。生きなくちゃ、っていう力をもらって。

悲鳴のような呼吸に感動して、生きててくれてありがとう!みたいな。私も頑張る、みたいな。

帰り道の自分の力のあふれ具合が自分でもびっくりするくらいで、なんだろ、これ、楽しすぎる、明日またがんばる、って思えました。こんな作品ない!

フランケンズの俳優さんたちのこんな姿、ステキすぎです。今回だけじゃもったいないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京デスロック「再/生」横浜・東京デスロックver.③ 2011/7/24 15:00

デスロック横浜ver.最終日。本当は横浜公演最終日だったけど、その後にタダフラver.追加公演にあるから最終じゃなくなった。劇団本公演で別バージョンに大楽を譲っちゃうっていうのも懐が深い。

さて、今日はどんな感覚に出会うやら。

始まってしばらく、おかしな動きを見つつも、感じるのはすごい普通の日々の感覚。頭の中で何を考えていても、見た目どれだけ普通にしていても、根底でのおかしな発想は誰にでもある気がする。変な動きを俳優がしているのを観て、例えば電車に乗ったとき、向かい側に乗った人の頭の中で、実はこんなおかしなこと考えてるんじゃないかって想像して、それを覗けちゃってる感じがして、おもしろい。普通におとなしくしているのに、ぶわっと頭に浮かんでいるのはこんな動き。そんな普通に電車の中にいるような人たちの妄想、見られるはずじゃない部分なのに見られちゃってる。すごーいまじめな顔しながら、超くだらないこと考えてることってあるよね、不謹慎ながらお葬式とかですら、っていう、人間のおかしみ。逃避のような部分。

千秋楽の舞台では音響にちょっとした変化があって、音がぶつっと切られたりループしたりする部分がありました。

なぜかそのせいで、私は初めてこの作品が震災に結びついてしまいました。

普段意識もせずに普通に続けてる生活が、ぶつっと切られる。楽しくても辛くても不幸せでも幸せでも、いきなりぶつっと。先がない。と思ったら断絶したのに先を続けることを強いられる。何事もなかったように先を続ける俳優たち。

違うよ、今全部切られたじゃない!っていう気持ちと、何があっても続けててって祈る気持ちと。

日常生活で思ってるおバカなことを、ずーっとずーっと続けてることって大事なんだな、って強く思わされる。途切れても何がなくなっても、続けられる限り続けること。音が途切れるたびにそんなことを思って。

途中身動きを取れなくなったおじいさんや、車椅子でこの場を走りぬける人の姿が見えてしまいました。私の妄想ですが。

そこからの再/生。ぐっときます。

本当に勝手な意味づけが許される、素敵な作品。ツアーを重ねてどう育っていくのでしょうか。やっぱり夏のツアーも追いかけようかしら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京デスロック「再/生」横浜・東京デスロックver.② 2011/7/23 15:00

デスロックver. 2回目の観劇です。主宰の多田さん曰く、作品を観た自分の反応を楽しんで、とのこと。まさにその通りの楽しみ方をしてしまう作り。ものすごく個人的な体験なんだけど、それを共有しようとするのも楽しいんですよね。

最前列大好きの私が今日は4列目辺りから引きで観てみました。デスロックに限ってはありなんです。これはまったくなぜだかわからない。人の頭が見えるのが嫌いだから、リピートする作品でもたいがい毎回一番前が好きなのに。デスロックは前から観るのと後ろから観るのと、だいぶ見え方が違い、それがどちらもすごーくいいんです。

本当に端的に言ってしまえば、俳優が自分の身体に任せて動く。ところどころ音楽が流れる。それに合わせたり合わせなかったり、ひたすら動く。お互い何も関わらないまま動く。一部台詞あり、っていう作品。

デスロックを観る時、私は一度目の観劇はどうしても全体を掴むために不自由な思いをしてしまう。どんな作品なんだろう?っていうわくわくはあるんだけど、初対面の人に探りを入れるような感じ。ある程度こんな人か、ってわからないと、自分を預けることができない。だからこそ2回目以降は本当に自分の中の妄想や感情や呟きが解き放たれて、すっごく好き放題楽しめるんです。

なので、2回目の今日は本当に幸せでした。自由すぎるくらいの自由。

たぶん観ていない方には全く意味不明な私の妄想です。

幸せについて考える。考えながら俳優さんたちの動きを観る。幸せなのかそうじゃないのかわからないけど、幸せって振り返ってみないとわからないモノだよね。今こうやって動いて=生活している間は必死だし。始まりの場面、音楽なくずーっと続いても私、みていたいと思いました。

最初の曲が始まっちゃって、ちょっと曲邪魔だなぁ、なんて思ったりもして、そのせいか、曲が終わってからしばらく、俳優さんたちが人間の姿に見えなくなりました。動物園のサル山の猿。周りと接触せず、ひたすら自分の興味に任せて無表情で動き回る。人が生きている姿としてはムダに思える動きばかり繰り返して。でも生きる。生きてるってだけの動き。幸せとか関係ないんだよ、生きてるんだからっていう強さ。かわいくっていとおしくて、おかしくて。笑っちゃうんだけどちょっと哀しくなる。

また見え方が人間に戻ってきた頃、ある曲の終わりにふと、俳優たちが一斉に、観ている観客に気づいたように視線をこちらに送り、きょとんとした表情を浮かべます。ぞくぞくしました。あぁ、生まれた!って感じ。あ、そうか、さっきの曲の間はお母さんのおなかの中だったんだ!生まれちゃった。世界と向き合っちゃった。すごく怖かった。生まれたからには頑張るよ、頑張るしかないよ、世界なんか何もわからなくっても。

曲中の「パラレルワールド」っていう歌詞を聞けば、あ、こんなに近く一つの部屋に集められてもこの人たちが周りに構わずひたすら一人でたくましく動き続けるのは、それぞれパラレルワールドに存在してるから相手に気づくことができないんだ、なんて思ってしまったり。周りと関わりたくってもがき続けているのに、気づかないもどかしさ。それでうずうずしてたら「私がここにいることだけ どうぞ忘れないで」なんて歌われちゃう。そうよ、ここにいるんだから。関わって!触れ合って!一人でそんなに頑張らないで!ひたすら自分の動きを繰り返す俳優たちに声をかけたくなっちゃいました。

もう笑っているんだか泣いているんだか、わからなくなってくるカオス。

1回目に比べたら少し時間は長く感じました。先の見えなかった1回目はびゅんと終わってしまった感覚だったから。たぶん一つ一つのシーンへの自分の思い入れが強くなっているから、広がっていく世界への意味付けが楽しくて。

これだけの余白のある作品、ツアーを経てどう育っていくんだか、末恐ろしい。。。っていうかその行く末をどうにかして追いかけなければと思ってしまいました。京都・静岡は考えてなかったのに、つい京都からの終電とか調べてしまった。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京デスロック「再/生」横浜・タダフラver. 2011/7/18 19:30

タダフラ演劇もすごい企画ですよね。一つの劇団員をまるごと別の演出家が預かっちゃうって。預けるほうも預かるほうも預かられるほうもひどく懐が深い。

ということで、横浜でのタダフラver.観劇。デスロックの全世界ツアーの中で、フランケンズの方々が観られるのはここだけ、しかも4ステって希少価値。

舞台上には鍋パーティーの残骸のようなセット。窓もなく壁も黒く、閉鎖された空間。転がっているたくさんの空き缶。そこへ現れる若者8人。さまざまな曲をかけ、歌い踊り狂う。

これもすごくネタバレするし、それによって想像力が邪魔されそう、と思う人は観る前には読まないで下さい。そして観た人はぜひ語り合いましょうlovely

噂を聞いていた再生初演バージョンにかなり近いらしい。鍋パーティーを楽しんだ人たちが踊り狂い、最後に死ぬっていう。それを3回ひたすら繰り返す。私は観てはいません。

始まった瞬間の照明の暗さ、出演者たちのハイパーに高まったテンション。初演のエピソードを知らなくても、あぁ、この人たち死ぬ気だなと感じられるような、いびつな空気。怖くて怖くて、やめて、最後まで行かないで、ってすがりつきたくなるような。イライラするし怯えるし、観たくないし。顔もまともに見えなくくらいの薄暗い照明の中、命をすり減らしていく8人。狂気のテンション。

やっぱり破滅へと陥った若者たち。さんざん踊って楽しんで労わりあった後、クスリを回し飲み。やっぱりそこなんだよね、ゴール。観たくなかったって感じ。

って、そこからの再生。巻き戻しのような、それでいてパラレルワールドを描いたような。最初の立ち位置から、最初の曲が始まる。ちょこっと照明は明るくなる。

2回目。私はここが一番濃く、長く、ぱっつぱつに感じられました。破滅に向かってるのはわかってる。この若者たちは間違いなく死ぬ。けど、なんか回想シーンのようなちょっと穏やかな感触もあって。昔のドラマの、「愛という名のもとに」とか「天体観測」とかだったっけ?学生時代の仲間たちが大人になってまた一緒に過ごして、でも微妙に温度差を感じたりしてぎくしゃくするような、さわやかだけど重いみたいな空気を感じました。ドラマの総集編をすごいダイジェストでみせられてるような、感じ。

でもいやじゃないんです。なんでしょうね。一回目の流れで死んだ人たちの、過去の思い出っていうのが最初からわかって受け入れてるから、ここから立ち込める暗雲みたいな不安感がない。死ぬんだ、死ぬんだから、きれいな思い出を残すんだよ、この人たちは、みたいな。さっぱりきれいに死んでいったんだ。

それでもやっぱり薬を飲んでしまい、ちょびっと哀しい終末の後の3回目。照明はさらに明るくなり。俳優は疲れ切って、1・2回目に比べると動けてない部分も多くある。でもなぜかそれが1・2回目と切り離されて、全く関係ない、昔のバカばっかり集まって楽しくやってた頃にタイムスリップしたように思えました。

死に向かう狂騒でも踊り狂うかもしれないけど、たぶん息が切れて苦しくてもう踊りたくないってところまでは行かないような気がする。死ぬからには苦しい思いをしたまま死なないんじゃないかって。だからここまで追い詰められてもまだ踊るって言うのは、逆に明日から普通の社会生活に戻らなきゃいけないからじゃないかって。

そう思っちゃうと、中央の鍋セットは夏のキャンプ終わりのキャンプファイアーにしか思えない。明日からつまらない日常に戻らなきゃいけない、そのつまらなさ、けどまたいつかこの楽しさに戻ってこられる期待、そういうすごい前向きなはちゃめちゃさを感じられたから、3回目のリピートでは笑いっぱなしでした。そんなにバカやりたいなら、苦しかろうがなんだろうがもっとやれ!みたいな。

アフタートークで多田さんは、この二つのバージョンは同じ山を反対側から登ったようなもんだ、っておっしゃってました。観た直後はそうなのか?ってすごく思ったけど、反芻するとなるほど、って思える。やっぱり二つ観て「再/生」なのかも知れぬ。日々の些細な生きる喜びにすがりつく人たち、生きる喜びに絶望して一瞬にかける人たち。いろいろだ。

こんなにも「生」に真正面から向き合ってる潔さ。フランケンズの関係性があるからこそ生まれるんだろう深みとさっぱり感。

再演なんだろうけどたぶん全然違う。俳優のエネルギー、生きる力、立ち姿、あぁ、言葉じゃ言い切れない違い。もちろん初演のデスロック作品が負けてるとかいうわけじゃない。とにかくとにかく、力に満ち溢れてる。

4ステしかないからずいぶん売り切ればかりみたいだったけど、楽日に追加公演出ました!そりゃ観るでしょ。私も観たいし、たくさんの人に観て欲しい。

あと、アフタートークのマームとジプシー主宰の藤田貴大さんも意外なくらいおもしろかったです。20年安泰の時のノリの悪さを払拭して、たぶんほんとにこの作品を面白く観たんだろうな。もしかしたら嫉妬も含めて。多田さんと藤田さん、この二人のトークはすごい一足踏み外したおもしろさがあるように思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京デスロック「再/生」横浜・東京デスロックver. 2011/7/18 15:00

夏です。デスロックのツアーが始まります。夏は横浜しか行けないだろうから、ここで楽しみ切りますheart01

2006年の「再生」の再演、という形で。たぶん素直な再演ではないだろうけど。私が観始めたのは2007年なので、初演は観ていません。かなりのインパクト作品だったという「再生」、数年を経てどう再生されてるのかな。

私の場合、リピート前提で、の初回観劇。ここからかなりのネタバレなのでこれから観る方は読まない方がいいと思います。自由な妄想が妨げられて欲しくないので。逆にご覧になった方とは観かたを語りたいですが。

作品自体に物語があるわけではないので、あらすじや流れは説明できません。「幸せについて考えている」というような台詞が一人の女優によって繰り返された後、それぞれの俳優たちが登場し、自分の身体に根付いた動きをひたすら続けます。

台詞がある部分は理解できるけど、それ以外の前半部分はさっぱりわかりませんでした。わからない。わからなければ自分で妄想してつなげるだけなんだけど、なんか今回はそれもつなげられないくらい、よくわからなかったんです、前半。

アフタートークでモモンガコンプレックスの白神ももこさんが、「観ている途中で自分は暇つぶしを始めて、そうしたら舞台上の俳優も暇つぶしをしているように見えてきた」とおっしゃってましたが、私の感覚もそれに近く、わからない時間をどうしたらいいか、白神さんのように楽しみ方をシフトできるまでがちょっと困ってました。

俳優同士にコミュニケーションがない。舞台上、複数の人が存在し、それぞれ生きているんだけど相互につながってない。そこが私にとっては難しかった。それぞれの想いがみえないと物語が浮かんでこない。

けどね。後半、徐々に俳優の顔は上気し、動きは変わらないけどいっぱい汗をかいてきます。そして同じ曲が繰り返され、同じ動きが繰り返されてきます。うわーって泣けてきました。

冒頭に幸せ云々という台詞があります。幸せについて考えると過去のある地点で不幸せであった時間があった、というような。キーワードを「幸せ」とすると、今ここにいるこの人たちは幸せなのか、そうじゃないのか。その幸せじゃなかった瞬間をみんなひたすら繰り返してるのかもしれない、逆に幸せと思える瞬間を繰り返してるのかもしれない。どっちにしても笑えて泣ける。

私は中盤に挟まれる焼肉屋さんでのシーンが、ごく日常の些細な幸せに思えました。その些細な幸せにたどり着くために、毎日毎日のルーチンワークをこなしている姿が、曲や動きのループに感じられて。そこまで辛いわけでもない、でも楽なわけでもない、続けなければならない、そこに意味があって、その後に控えているのは焼肉屋で3人前ペロリと平らげるっていう程度の幸せ。そのささやかさが、生きていく上ではなんかうれしいし、切ないし、っていう。

結局は幸せなんだな。私で言えば、日々の仕事をこなし、休みの日は芝居を観て呑んで、っていう流れ。誰でもが毎日こなさなきゃいけない苦役はあり、それを毎日繰り返し、でも朝が来るとやっぱりいろいろとリセットされてる。新しく一日を始めてる。たぶん生まれ変わっても同じような人生を繰り返す。種類は違っても繰り返す何かを抱えて。

そういう作業って一人一人抱えているもので、社会生活としては支え合ってはいるのかもしれないけどどこか孤独で、ていうのもコミュニケーションのない部分で徐々に感じられました。

俳優それぞれが普段にないおかしな動きをすることで、例えば歯を磨くとか、トイレでお尻を拭くとか、たいがい他人に見られる部分ではないところ、まで意識させられました。見られてないけどその辺って結構一定のパターンを持っていて、たぶんルーチンで繰り返してる、自分で疑問を持つこともないまま。そういうプライベートな部分を見せられてるような変な恥ずかしさも感じました。

芝居中に何を考えてるんだ、って感じでした。

2回め以降、どんな感覚を受けるか楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「トラストいかねぇ」東京グローブ座 2011/7/19 13:00

グローブ座もずいぶん久しぶり。ジャニーズ系芝居。一昨年くらいのいのっち&ヨーロッパ企画以来かな。

なぜ観るかと言えば川島潤哉さんが出るから。加藤啓さんと町田マリーさんも観たい。

ジャニーズは嫌いじゃないけど関ジャニ∞はノーチェック。あんまり個別認識はできてないけど、たいがいジャニーズは芸達者だからここでチェックしたらいいかも。

3年前の家族旅行で母親を亡くした少年(安田章大)。父親(三上市朗)はそれを悔やんで息子にも心を閉ざす。母親が打ち込んでいたボランティア活動を通しても二人は心を通わすことができないまま3年。難病の藤丸くん(川島潤哉)を救うというそのボランティア活動の集まりに少年は仲間(駒木根隆介・町田マリー)を連れて現れるが、救うために集めた募金・9000万円をめぐってトラブル続発。

どったばったしながら結構楽しいお芝居。

作品自体に対する期待はほぼなかった。だからいいっちゃいいんだけど、流れや展開の唐突さ、説明の多さ、誘導的に理屈で泣かせようとするところなどはちょっと残念でした。

お父さんと息子の行き違いは感動ネタではあるけど、全部台詞で説明しちゃってくれてるから私としては興ざめして泣けなかった。

けど不満じゃないんです。私の観たかった俳優さんたちがそれなりにのびのびと楽しそうで、キャラも生かされていたから。

商業演劇として、それをジャニーズファンにも満足させ、私のような小劇場の俳優ファンも取り込んだっていう形として、この作品はすごいかもしれない。

ジャニーズの安田さんのファンだったら、彼が超キュートで、父親との関係に悩んで成長し、ちょびっと恋して実りかけて、ってところ、胸キュン。難病の青年役の川島さんは普段のインチキ臭さが生かされてる。町田・駒木根ペアは地方のヒップホップかぶれの雰囲気が安っぽく醸し出されてていい。三上さんの父親役も家族への思いの厚みと全体で窺える薄っぺらさが絶妙。加藤啓さんは外人の片言加減がいいポジション。ボランティア仲間の玉置孝匡さんも、マジメだけど簡単に人を裏切るってのが声の高さとかとマッチして。

作品としての脚本は不満ではあるけど、各キャラクターの見せ場を持たせ、どの人も印象に残すっていう意味では、ゴジゲンの松居大悟さんのこの見せ方はすごいなと思えました。ファンじゃない人に関しても、これに出ていたあの役の人だよっていうインパクトをきっちり残してる。関ジャニ∞わかんなくても、安田くん、かわいいheart04って思えるし、たぶん川島さんや加藤さんを知らないジャニーズファンでも車椅子役の人、外人役の人、って言ったら絶対覚えてる。

そういうインパクトって意外と大事ではないかと、商業と小劇場との間で考えちゃいます。どっちにもファンを増やす、win/winな関係。

まぁどうにかして欲しいのは、やたらと女性二人連れが多いせいか劇中に互いに何か囁き合う人たちが多いのと、主役が何かしたときの悲鳴。台詞が聞き取れなくってね。

カーテンコールはスタンディングオベーション。私は立ちませんでしたが、オペラグラスでひたすら川島さんをズームして楽しみました。

満足ではないのになんだかニヤニヤ楽しい気分で帰れた作品でした。帰り道の大久保に向かう道での観客の会話もおもしろいのよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »