演劇

MCR「貧乏が顔に出る。」2012/9/23 19:00

ここに書くのもずいずいぶん久しぶり。観劇自体減り気味なので、今日は2週間ぶりに劇場へ。大好きな作品の再演なので、すごくすごく楽しみに。

2008年初演の作品なのですね。もっと最近な気がしますが。劇場もキャストもがらりと変わって。かなり好きな作品なので、どんな風に変わるのかにはちょっと神経質になっちゃう。

彼女のことさえちょっと後回しにしちゃうくらいの男子3人腐れ縁同士のルームシェア。家賃3万さえもままならない、ちょっと情けない、そこがつるむ理由にもなっているような間柄。ある日飲んだ帰りに拾ってきたお地蔵様が、自分の記憶と引き換えにお金をくれるようになった。いろいろな記憶を失いながらお金を手にし、呑んだくれな生活を続けていたが、最後に失うことを決意した記憶はあまりにも大きくて。。。

面白くて切なくていい話だな、とは思っていたけど、ここまで深い話だったか。。。いろいろ反省したくなるくらい、人としての生き方や過去への思いや今現在のあり方を考えてしまう作品。

初演観てなくても全然楽しめる作品ではあるし、私も大好きと言いつつ細かく覚えているわけではないですが、若干初演との比較も。

腐れ縁3人の関係性、周りの人々の関わり方、自分の歳と社会のありよう、それでも変わらない生き方。当日パンフレットにも書かれていましたが、変化したことを受け入れ、変化しない・できないことをそのまま持ちながら、それでもなんとなくそのままじゃなくあがき続けて、結局見えてくるものが同じだったりする、普遍的なもの・劣化したもの・進化したものが素直に並べられているんですね。劇場やキャストが大幅に変わったこととか、そういうのは大した問題ではなく、4年間を過ごしてもたぶん同じような日常を暮らしているあの3人の姿があそこにある、と。それがMCRでしかできないと、主宰の櫻井さんが言っている部分なんだろうな、って思います。

登場人物の描きわけが特に見事で、どの一人にしてもちゃんと生きている。4年前にいた人物でも、演じる人が変わればまた違う人生が見えているし、同じ人が演じていればその4年がそこにあるような気がする。

また、どうしようもないダメなおっさんたちを描いているのに、お地蔵さんがお金をくれるというようなファンタジックな設定も全く違和感なく両立させちゃってるんですよね。失うものの重みを金額で出しちゃうから、切なさや苦さやおかしさをすごく立体的に感じられる。ありえないのに、えーそんなー!ひどい!とか、そうねその思い出は大事ね、なんて納得しちゃってる。

出てくる台詞のキラリとした輝きやそのタイムリーさにはぞくっとします!これぞ櫻井さんの真骨頂。

俳優さんが実名で出てくるのもとっても効果的。実際の関係性を想像する部分と、フィクションなのに実名だからおかしくなる部分と。特に学生時代からの友人だという3人の関係性と劇団員や常連俳優さんのその雰囲気は、勝手に想像膨らませてしまう。笑っちゃうことが多いけど、場面によっては感動さえ覚えました。

俳優さんたちの素敵さも。前回の櫻井作品としてはドリルチョコレートがありましたが、若手の俳優を起用したことのおもしろさと寂しさがありました。やはり櫻井さんの作品にはおがわさんをはじめとしたMCRの俳優さんがいないとねheart04櫻井・おがわ・北島のトライアングルはその個性の違いも含めてテッパン。いくらでも物語が生まれてきそう。大家の息子を演じた奥田洋平さんは軽さが絶妙で、3人との距離の持ち方がすばらしい。3人と混ざりたいのか混ざりたくないのか、その微妙な立場の違いがおもしろい。伊達・小野の隣人夫婦のテンションもさすが。息の合わせなさ加減が。北島さんを陥れる同僚の東谷さんの悪役っぷりも本当に憎らしくていい。あんなに好青年風に演じているのになぜか犯罪を犯しそうな危うさや怪しさも見えちゃうのが不思議。浮浪者役の本井さんはいかにも、なんですが、意外にかっこいい台詞を言っちゃってるところがまたいい。唯一名前を呼ばれてないけど、むしろ呼ばれた方が似合いそう、っていうのは偏見ですが。

ま、でもやっぱり櫻井さんから目を離すわけにはいきません。私は会話をしているとき、喋っている本人や直接の相手より、場面のはじっことか周辺にいる人がどんな反応してるか見るのがすごい好きなんですが、直接関わってない時の櫻井さんがとってもおもしろい。背を向けている時の背中ですら。これだけ出演していて、どうやってこの場面演出してるのかしら、って不思議に思うくらいです。

やっぱり「貧乏が顔に出る。」は傑作だと思います。MCRでこのタイトルをやる限り、中身がどう変わってもたぶん素敵なんじゃないかと思います。何回でも繰り返してやってほしい。

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「日本の問題 Ver.311」2012/3/8 14:46

昨年の「日本の問題」小劇場版・学生版に引き続いての企画。アロッタファジャイナの松枝さんプロデュース。今回の参加劇団はけったマシーン、思出横丁、四次元ボックス、荒川チョモランマの4つ。

「日本の問題」は小劇場版のミナモザ・アロッタファジャイナ・ろりえ・JACROWの方のみ観劇。学生版は観ていません。

今回は311Ver.と謳ったせいか、地震・津波に焦点が絞られている印象。

けったマシーンは昨年演じられた脚本を使っての作品。ひょっとこ乱舞広田淳一さんの「まだ、わかんないの」とミナモザ瀬戸山美咲さんの「指」。広田さんの作品は昨日のひょっとこのアフタートークでも言っていましたが結構ひょっとこの今回の作品のベースになっている感じ。リーディング前提で書かれた作品のようで、ここでもその態を崩さずに。「指」は昨年の小劇場版で観た時は、私はあまりにも直截で私には受け入れられないところがあったけれど、今回は時間も経ったせいか二度目だからか、意外にすんなり入ってきました。ただ、演出だけに絞っているのに新鮮味はあまりないようにも感じました。

思出横丁はあえて演劇にせず、走れメロスに載せた被災地に関する一人語り。これはずるいと思いました。演劇にしない/できないならばこの企画にもってくるのはどうかな、と。

四次元ボックスはやや地震からは離れた作品でした。夢の中に繰り返し出てくる自分の親兄弟・親友にまつわるエピソード。

荒川チョモランマは被災地の未来について、小学生が自分の将来の夢に載せて語るお話。私にはこれが一番今現在、そしてこれからの被災地についてメッセージを持って作っている作品に思えました。

実は前説にて、ノマドプロデューサーの廣瀬直紀さんが「(あくまで個人的意見だが)今この地震が起きている時に演劇には意味がない」という爆弾発言をしてから作品が始まります。観る側として私は、演劇を観ることに意味があるから劇場に足を運んでいるわけではなく、意味があるかないかを議論したい気持ちはないので、何を言われているんだか結構戸惑いました。震災後これまで観た作品の前説では、「今演劇をやっていいのかどうかはわからない。けれども自分はやりたいし、自分がやれることはこれしかない」というスタンスが多かった気がします。それでいいと思っていました。私も私の日常として観劇があるってことをやめたくなかったから観続けています。作り手に意味がないと言われると、私も帰ってニュースを見たり新聞を読んだり、別のことをしなきゃいけないのか、と思いましたけど、でもやっぱり演劇がそこにあるから観に行くし、お客さんがいる限り上演するっていう作り手がいるならそこにいたいと思います。作品自体とかそれを上演するその場に意味があるとかないとか、演劇が世間を変えるとか、そういういことではなく、日々の営みの中の一つとして、飯食って働いて眠ってっていう流れの中で観劇を続けていたいなと思いました。

まぁそう考えると「日本の問題」っていうくくりが逆に小さく見えてしまったりもして。毎日結局同じようなことを繰り返していて、震災は大きな出来事ではあるけれどもそれだけをピックアップして作品にするっていうことには、ムリがあるっていうか。

今回集まった劇団が震災というテーマに捕われて、自分としての問題意識とややかけ離れてしまった感じがありました。いかにも学校のレポートを書く感じで、興味のあるなしじゃなく、調べてそつなく仕上げました、っていう。ちょっと優等生的な感じ。被災地を取材して描くよりもせっかくの二十歳前後の感性なんだからそこで感じた何かを見たかった。

私、去年の震災の瞬間、荒川チョモランマの観劇中だったんです。その瞬間に作品を上演していたっていう稀有な経験に対してどう向き合ったのか、とか、すごく気になっていました。今回はあえてそこから離れて作品を作ったようでしたが、他の人が経験し得ないその体験を作品作りに生かしてもよかったんじゃないかと思いました。

全体的に振り返って取材して、という形だったようなので、震災のあの時あの瞬間は、っていう作品が多かったように思います。一年経った今、この場での作品、というのをもっと観てみたかったとも思いました。

ただ、企画自体はおもしろいと思います。あるテーマや問題意識を持って複数の団体が作品を作る。それはまた観てみたいです。

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ひょっとこ乱舞「うれしい悲鳴」2012/3/7 19:30

ひょっとこ乱舞、発展的解散前の大爆破公演。

最後の最後にしっかりまとめてくれました。どっぷり浸らせてもらいました。

感度の鈍い男の子と鋭すぎる女の子の物語。

近未来。世の中は政府の決めたルールを守らせる「オヨグサカナ」によって治安維持されている。たとえどんな理不尽なルールだろうと例外なくルールはルールと徹底されることにより、市民は殺されてしまうこともある。幼いころのトラウマにより痛覚を失った男は、人を傷つけることも命令ならば従ってしまう「オヨグサカナ」の一員となり、命令を執行する中、あらゆる感覚に敏感になりすぎた女の子と出会い、恋に落ちる。そんな中、「遷延性意識障害患者は臓器移植のために殺してよい」というルールが出され、女の子の母親がくも膜下出血でそのルールの対象となってしまい。。。

ストーリーも群舞も構成も舞台美術も、ああ、ひょっとこ乱舞だなぁとうならせる。私、自分で思っていたよりずっと、ひょっとこ乱舞の作品、好きだったかもしれない、と思いました。

演劇ってどんなものなんだろうってわくわくして観ている頃に、これでもかこれでもかと楽しくてかわいくて素敵で痛くてこそばゆくてって感じを投げかけてくれるような作品。

すごく計算されてきっちり作られているのに、ちゃんと逃げ場というか掴みきれない部分も準備されていて消化し尽くすことは出来ない。

今回は割と後ろのほうの席で観たせいか、すごく視覚的な美しさに目を惹かれました。照明も、物や人の配置も、群舞も。特に群舞はふわっとした中に規律がしっかりしていて。

ちょっとしたエピソードが心に残りました。「オヨグサカナ」のクロカワさんが組織に異議を唱えて話し合う場面。いじめられていた女の子の卒業式の日、同級生がおうちを訪ねてくる場面。

井上陽水の「夢の中へ」に載せて、恋に落ちていた二人がアンビバレントな感情に揺さぶられる場面が特に印象的でした。あまりにも幸せで寂しくて、その場面以降の言葉が自分の中でほとんど消化できなくなってしまったくらい。

2時間越えでちょっと長めではあるけれど、もう一度観ようか迷う。次のユニットに進化しても演劇的楽しさ満載な姿勢がキープされているといいな。

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冨士山アネット/Manos.(マノス) 「HIKIKOMORI」 2012/2/18 13:00

ドイツ文化センターのリーディングシリーズ、今回は冨士山アネットの長谷川寧演出、板倉チヒロ一人芝居。これを観るために先月は冨士山アネット「八」のお二人のアフタートークにも行きました。元引きこもりだったという板倉さん、ドイツ戯曲がどう作用するのか。

席数がかなり少ないと聞き、あの広いホールをどう使うのかと思ったら、客席は通常の舞台上でした。普段の客席側に会議室の折り畳みテーブルを並べたのが舞台。雑然とした部屋。所々机の隙間があり、部屋の外界へ通じている。

引きこもりのH.の部屋での様子や妄想、母との関わり、ネットでのコミュニケーションを描いた戯曲は、ビックリするほど日本のそれと共通するイメージ。悶々としていたり妙にテンション高かったり、イライラしたりぐだぐだしたり。先日の板倉さんの、冨士山アネットでのトークの引きこもりネタを彷彿とさせるような。

なんていうかパズルのピースがすべてぴったりはまったかのような、パーフェクトな組み合わせだと思いました。引きこもり経験のある板倉さん、その板倉さんを部屋という小さな宇宙の中で解放しおもちゃのように操る長谷川さんの演出、ドイツなんて遠くで書かれたと思えないほどとすんなり共感できてしまう戯曲、客に面と向かわず台本越しに語るリーディングという形態。これ以外にあり得ない出会いに立ち会えた気がしました。

板倉さんの追っかけを自称する私ですが、今回のお姿は新しかったなぁ。引きこもりトークを聞いたせいもあるかもしれませんが、途中、どこまでが板倉さんで、どこからがH.なのか、すごく溶け合って見えて。H.の妄想の中のヒーローとなり、妄想の中では部屋を飛び出て自由に飛び回り、客席にまで、まさにリアルにふれあう距離まで降りてきて、いろいろな境目がなくなっちゃってすごーく心地いいカオスの中に沈められた感じ。板倉さんがそこにいるのか、H.がいるのか、妄想のキャラがいるのか。板倉さんは板倉さんである前にH.であって、H.が正体であって実は板倉さんなんて人はいないのかもしれない。赤毛の女の子を好きなのはH.ではなく板倉さん?お母さんに責められてるのは誰?トイレに行ってるのは誰?

まぁそんな変な感覚に陥らせてくれた演出、おもしろかった。しゃべるのは板倉さんだけでしたが、回りの女たちの姿として長谷川さんが登場します。身体がそこにあるというのはやはりものすごい強みで、単なる一人リーディングにはさせない厚みを感じました。一人の空間である部屋の隅々まで板倉さんの存在が支配しているんだけれども、そこに別の身体があることで一人っていう密度が強調されてました。

ほとんどリーディングとは言えないくらいの動き回りようでしたが、あくまでもその縛りは存在しており、どんなに動いても台本は離さない。台本を見つめ、それを拠り所にしている様子は一人の空間を自分だけで埋めながらも、それだけでは立っていられない心細さのようなものが感じられ、すごく効果的。台本に向かって力一杯投げつける言葉の数々が、直接発されるよりも強烈に客席に届き、相手を欲する切実さを感じました。

ただ、リーディングのわりになぜか言葉やその内容が印象に残ってません。ビジュアルや、言葉を話してる表情、音、照明、声色などは鮮明に焼きついているのだけれど。長谷川さんがダンス寄りの人だからかな?

これは2ステ限定はもったいなさ過ぎ。ぜひともこのまま、再演熱烈希望!

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ペテカン「彼のことを知る旅に出る」2011/11/15 19:30

再演です。私は初演で号泣。今でもペテカンの最高傑作だと思います。思い返してもしっかり泣けるくらい。そのイメージが壊れないといいなという願いとまたあの気持ちを味わいたいという期待で。

不慮の事故で彼(宮原将護)を亡くした彼女(四条久美子)。自分の知らない彼の姿があることに気がつき、なんでもいいから彼の手がかりを掴もうとさまざまな人たちから彼についての話を聞いていく。

彼と彼女は聞き役に回り、さまざまな人たちが入れ替わり立ち替わり出てきてインタビューに答えるような態で語ります。故人について語っているつもりが微妙にずれて好き勝手なことを。個性豊かで楽しい。

あまり初演とは変わってなかったので安心。

主役二人の透明感がたまらない。この二人なくして再演はして欲しくないと思っていたけれど、しっかりそこは押さえてて嬉しい。年を経てもその二人の関係の深さ、純粋さ、未練、どこをとってもパーフェクトに響きました。

聞き役って難しいですよね。リアクションが大げさであっても醒めるし。特に自分への評価を並べ立てられる彼は、そのニュアンスを汲み取って反応するのってかなりの難易度。話している個性豊かな人たちは、想像するのもたやすいから、私は専ら彼や彼女のリアクションばかり見ちゃいました。

それがすばらしくて。ちょっとしたエピソードに涙ぐんだり、自分と関係ないと突っ込んだり。笑うも泣くも過不足なく、自然体。死んじゃった人と死なれちゃった人と思えない。そこがますます涙を誘うんですかね。

いつまでも、何回でも、この作品は味わっていたいです。大好きです。定期的な再演を熱望!

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コテン「魔」③ 2011/11/14 19:00

いよいよ、ラスト。今回は3回のみで打ち止め。

始まる前から、これがラストと思うと泣きそうになる。

一度目、二度目で把握できなかったことが、かなりすんなり入ってきました。

目で見る字面から得る情報と、実際その場で得る情報の違いっていうのに本当に感服しました。そうだよ、私が得たかったモノはこれだった!っていう感動でした。

やはり、そうそう、と共感できる名言が多い。笑える部分も多い。けれど、それを言っている状況や川島さんの表情を観ていると一概にそう言い切っちゃいけないような気がしてくる。言ったらおそらくすっきりするけど言ってはいけないこと、真実だからこそ口には出来ないこと、誰もが思っているけど心の中に仕舞っていること、そんな内容が台詞になって並んでいる。だからすごいすっきりするんだけど、そこにいる川島さんの姿を観ているとだんだん怖くなってしまいました。

それって本当に本気で言ってるの?そうじゃないよね、やめようよ。違う違う、本当はそうだってわかってるけど今言っちゃダメ。わわわわわ、と耳をふさぎたくなるような感覚。

自殺した生徒に名前を書付けられた生徒に向かって先生が辛らつに言い放つ、「意味はわかんない。けどお前だけを頼りにしてたんじゃないか?」って言葉。「笑いは決別」と言い切っちゃう潔さ。自殺した女性の、クラス全員が笑っていても「何が面白いかわからなかった」っていう絶望的な台詞。老人に生きるか死ぬかはっきりしろと迫るヘルパー。子供がうまれてもおめでとうといってくれるなと主張する妊婦。幸せばかりを自慢する花嫁。etc.etc.

段々と、それって本心?実はひっくり返って逆説的に何かを訴えようとしている?っていう不安に襲われちゃいました。いやだ、いやだ、気持ち悪い。

それを助長する音楽にもやられました。

そしてこれだけおかしな人たちを並べながらのオチ。自分が耳を塞ぎたくなったのもあながち間違いではなかったのかという意味では救われましたけど。

川島さんって、舞台上の姿を観ているとかなり怖そうで辛辣そうで、いろいろなモノを突き放してそうで、そこから作品が生まれているのかなとも思っていたけど、今回の作品を観てすごく親近感を覚えました。身の回りのことをちゃんと引き寄せて咀嚼して、そうしてこういう作品になっているのかなぁと。そうであって欲しいという願望かもしれませんが。

そしてますます「コテン」のファンになってしまいました。今思い返しても、泣けてきます。

次がますます楽しみ。

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コテン「魔」② 2011/11/12 19:00

さて2回目。1回目でどう見えたとしても、コテンは絶対2度目に新しく発見することがあるように思います。一度観て満足したくない。満足できるわけがない、と思って毎度観ています。今回は、初回で少し読み言葉に翻弄された気がしたので、あえて脚本は読み返さずに臨みました。

やっぱりおもしろい。けど今日は、なにか、チクチクざわざわするものを感じました。なんだろう、不安になるようなざわつきです。ことばやエピソードの分かりやすい面白さの影には、コテンだけに絶対なにかが隠してあるんだろうな。初回の私の見方ではそれを受け止めきれてない。それはわかっていたけれども。それを感じたくて観てるんだけど、予感を感じるだけで怖くなるようなすごく不穏な感覚。

なんだこれは?一つ一つの言葉に説得力があり、それで納得してその登場人物の関係性もすんなり受け入れられる。それで一度目はしのげたはず。けど、その奥にどうにもならないぽっかりした穴があって、見えるのに逃げちゃダメで、落ちるまではそこにあるものを味わえない。

具体的にならないのも気持ち悪かったです。2回も観ているのにこれだって言えないそこはかとない不安感。ずっと観ていても何が?どこが?っていうのをうまく言えない、でも感覚的にぞわっとしちゃう置き場がない感じ。

やっぱり一度目に見たとき、読み言葉に引きずられたと思いました。知っていることでの理解度とは別次元にこの作品の力があるんだな、と。読んだ言葉を演者がどう演じるかは、川島さんを他でもよく観ていればわかることかもしれない。そこから彼の言葉で彼が演じるっていうことで生まれてくる意味が出てくる。私の場合、先に言葉ありきだとそのバランスがうまく取れない、と思いました。少なくとも一度は観てから、言葉に帰るのがよさそうかな、と。

今回の作品、底なし沼的な非常に掴みにくいモノがあるようで。自分の鈍さを呪いつつ、3度目を楽しみに。

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コテン「魔」① 2011/11/10 19:30

昨年夏からずっと次を楽しみにしていた、川島潤哉さんのコテン。今回から片仮名になってる。

公演前に出来上がった脚本を配布するサービスをするとのことで、もちろん私は食いつきました。中を知っていた方が楽しめる派なので。何度も音読しました。声に出して読みたくない日本語でした。

川島さんがこれを演じたら…っていうのが半分すでに聞こえて来るような、興奮。

後半の収束は全く予想もつかず、読んでもちっともわからないままだったんですが。

で、初日。答えあわせをするかのように川島さんの言葉が頭に響き、スッゴクおかしい。

今回先生と生徒の場面、自殺した女、介護ヘルパー、幸せ自慢の女、入院中の患者、のど自慢の司会者、個々のエピソードがとても分かりやすく、ふんだんに笑えます。ことばの切れ味もすっばらしくて、名言多数。ひどい暴言なんだけど、我が意を得たり、なフィット感でした。

その分後半のテンポの変化に戸惑ってしまい、ただただ空気の圧迫だけを感じて。

たぶん先に読んでいたから、その答え合わせ的な見方になってしまってた気がする。

掴みやすさに満足しちゃったけど、当然それだけじゃないのもわかっているからそれを捕らえられない自分への不満は残ってたけど、私の場合コテンっていつも初回じゃちっともわからなくて当然、だからまぁ、次に楽しもうかと。

ただ、今回意外だったのは、その時はあまり思わなかったけど、家に帰ってからや次の日仕事に行くとき、すごーく幸せで楽しくて、頬が緩んでたことでした。なぜだか癒されまくってた。決して癒されるような作品じゃないはずだったんだけどな。どうしてだろう?長く続く幸福感に包まれてました。

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FUKAIPRODUCE羽衣「甘え子ちゃん太郎」② 2011/10/22 14:00

夜には旅行に出発するというのに、何も荷造りできてないのに、どうしても観ておきたくて、やっぱり行っちゃいました、甘え子ちゃん太郎。

そして、ドハマリしちゃいました。

今回、テンポもゆっくりで歌もいつもより少なめだったから、一度め観たときには特に前半、少し物足りなさがありました。しかも愛を語らう二人以外の場面はキャラクターも様々で、個々の場面はすごい面白いんだけど、場面どうしが自分の中では繋がっていませんでした。

二度めを観て、言葉がよく聞こえる分その場面ごとの物語がよく見えてきて、改めて糸井さんの言葉のセンスとキャラ設定にニンマリ。かっこいいよ、優しいよ、強いよ、きゅんきゅんしちゃうよ。

一度めよりしっかり作品を捕まえられてるっていう感触。

歌詞カードを読んで、一度観て、っていう状態でもう半分くらいは一緒に歌えちゃう感じなのも楽しくなっちゃって。口ずさみながら観ちゃいました。
で、時に笑い、時に涙ぐみ、歌いながら普通に楽しいなあって思っていたんですが。。。

終盤のある瞬間、本当に堤防が決壊したかのように自分の目から涙が!なんだ、どうした、私?急に襲ってきた大きな感動の波。何かが降りてきた!まさかの号泣でした。唐突で、説明ができないけど感動してるっていうことだけ感じられる。何がどうという理屈を離れた、本能的な衝動。

あの瞬間で永遠に時が止まってしまえばよかった、なあんて思ってしまう。

おそらく一度観て感じて、それから考えて咀嚼して結び付いて、自分の中に作品が落ちてきて、そこで改めて目の前で起こっていることに戻っているから、震えるほどのモノを受け取ることが出来る。

こういう瞬間があるから劇場通いもリピートもやめられなくなるんですよね。

にしても、マチネでコレがキタのはやばかった。。。帰り道明るい中で駅まで歩きながらオンオン泣いている怪しい人でしたcoldsweats01

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ゴジゲン「極めてやわらかい道」2011/10/17 19:00

グローブ座でのジャニーズ公演後の松居大悟さん。ホームでの作品は私は一度しか観ていないので、今回超魅力的なキャストに惹かれて。

本当にすごいメンバー。猫ホテの村上航さん、The Shampoo Hatの野中隆光さん、動物電気の辻修さん、ハイバイの吉田亮さん、そしてコテンの川島潤哉さん。駅前劇場では驚異的な集合。

あるピンサロ嬢を姫と名づけて、自分たちを姫を守る兵士と位置づけ姫の日常を追いかける男ども。出勤・帰宅時間から好きな食べ物や彼氏との会話まで細かく細かく、ねちっとストーキング。姫の好きなモノにちなんで自分たちにハンドルネームを付け、お互い呼び合い、それ以外のプライベートを持たない日常。けれども姫の彼氏・王子の借金を背負ったことから借金取りが、彼らが姫を守る王国に入り込んできて。。。

設定はかなり面白く、間抜け男子好きの私としては興味をそそる状況。バカであればあるほど男子は輝いているように思ってしまう。それがたとえおっさんであってもね。

奇抜な設定だけれど、起こる出来事にはなぜか引き込まれていきます。展開からずーっと目が離せない。

俳優さんそれぞれが面白すぎる。辻さんの妙な祈りや無駄な動き、吉田さんのリラックマぶり、村上さんの胡散臭さ、川島さんの自信たっぷりだったり弱気になったりする様子の気持ち悪さ、まさにテッパン。

だけど、テッパンすぎるところが玉に瑕。そこがおもしろいのはわかってるってところをずっと押してくるんです。

前回の「トラストいかねぇ」で思った、俳優さんの使い方がとっても上手で売りどころをわかってるって言うのが裏目に出た感じ。

私としては絶対面白いけど見慣れている俳優さんだから、その演出家さんならではのここが面白い!ってところを押して欲しかった。これはたぶん以前ゴジゲンを観たときも思った事な気がする。やりたいことはやっているのかもしれないけど、どこか俳優さんに媚びているように思えてしまう。得意分野を頑張ってくださいっていうような。

ストーリー的にも最終的なまとめかたはやや乱暴で、もう少し姫にハマッた男たちのそれぞれの事情と完結の仕方を見せて欲しかったように思いました。俳優さんのうまさで押し切られただけで、お話として腑に落ちる感覚は薄かったように思います。

もしかしたら、本当にただただおもしろいと思ったところをその場に置いているかもしれないんだけど、もうちょっと作品としての魅力や俳優さんの底力を感じたかったな。今ひとつ物足りない。

俳優さんが面白いってのは前提としてあるので、たぶんこの俳優さんたちを初めて観る人ばかりならば、次もどんどん観たくなるのは確か。劇団員さんも、俳優としての松居さんも面白かったです。

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